こんにちは。モザイクゲームズなかの人の大沼です。ここでは「モザイク」というゲームがどのようにしてこの世に誕生したのか、その歴史を少しご紹介してみたいと思います。
(この記事は、2018年5月6日に開催された「ゲームマーケット2018春」というイベントのためのブログ記事を再編集したものになります。2018年当時「モザイク」は前身の「ラプラス」という名称でイベント販売されていました。この記事の中では、当初の「ラプラス」という表記を使用していますが、ゲームの中身は「モザイク」と同じです。ラプラスがなぜモザイクに改称したのかということも、本記事の最後に記しています。)
時は1985年、今から30年以上も昔にさかのぼります。当時、ドイツのゲームメーカー、ラベンスバーガー社の「スコットランドヤード」を初めて日本に紹介し、日本におけるボードゲームブームの火付け役となった野本浩一氏(写真)が、アメリカのボードゲーム専門誌「GAMES」の中で、「Upper Hand(アッパーハンド)」というゲームの紹介記事を見付けたのが最初の出会いでした。

今回、その野本さんに問い合わせたところ、なんと当時のGAMES誌がきれいな状態で保管されていました(物持ちがいいですね!)。で、その記事を見せてもらったところ、イスラエルのOrda Industriesという会社の製品で、その紹介記事を書いているのがゲームデザイナーの神様、今は亡きシド・サクソン氏であることも分かりました。とても単純なルールなので、写真と紹介文でどのようなゲームなのかも理解できます。そこで野本さんは、木の板とビー玉でこのゲームの自作を始めたのです。(当時はまだインターネットも普及しておらず、海外からの個人輸入など思いもよらない時代でした。)
翌年の1986年、野本さんを中心にボードゲームサークル「JAGA」(日本ゲーム協会)が発足することになるのですが、その例会にたくさんの輸入ボードゲームと一緒に、野本氏手作りの「アッパーハンド」も持ち込まれました。木の板に5×5=25個のくぼみを掘り、そこにビー玉を置いていくというスタイルはこの時に完成しました。

手作りのアッパーハンドとオリジナル製品(南雲氏所蔵)
JAGAに最初に登場した手作りアッパーハンドは、彫刻刀の跡も生々しい、お世辞にも完成度の高い作品とは言えませんでしたが、そのゲームの魅力はたちまちゲーム仲間のあいだで話題になりました。筆者も含め、何人かは手作りでの制作に挑戦したはずです。特にその中でも、非常に美しい完成された作品を創り出したのは、JAGAの初期のメンバーで建築設計家だった大島星介さんでした。
これは手作りとは言え、商品化されて販売された実績があります。当時、私たちがたまり場にしていた、六本木のゲームショップ「プレイシングス」で、「ホルテンシア」というゲーム名で少数販売されたのです。「ホルテンシア」というのは紫陽花(あじさい)のことだそうで、大島さんの命名です。ちょうどビー玉が積み重なった姿が紫陽花の花を連想させるところから名づけられたものでした。
ほんとに希少なゲームなのですが、今回JAGAの桐原さんが保管していることが分かり、写真を撮らせていただきました。ほんと皆さん物持ちがいいこと!

ホルテンシア(桐原氏所蔵)
こうして5路盤のアッパーハンド(海賊版ではありますが…)が、私たちのあいだで普及して行くと、次にこれをもっと大きなボード、つまり7路盤や9路盤で遊んだら面白いのではないかという発想が出てきました。
特に当初からアッパーハンドのゲーム性に注目されていたゲーム研究家(と呼んでいいのかな?)の南雲夏彦さんは、著書「ゲーム探検隊」(1989年)の中でも7路盤のアッパーハンドを紹介されていますし、本文にも「このゲームには7×7盤がよりふさわしい気がする」と書かれています。

「ゲーム探検隊(初版)」と挿し絵の7路盤アッパーハンドのイラスト
ところが、自作派の私たちにとって、ひとつ重大な問題がありました。7路盤のボードを作って、実際にビー玉でゲームをプレイしてみると、かなりの頻度でプレイ中にビー玉が崩れるのです。5路盤の時にはそれほど気になりませんでしたが、盤が大きくなり、ピラミッドの高さが高くなるにつれ、ちょっと余分な力が加わっただけで「雪崩(なだれ)」が起きやすくなる(笑)。これではゲームになりませんから、大きな盤のアッパーハンドはあまり広まることはありませんでした。
なにかうまい方法はないものだろうか? ある時ふと筆者のアタマにひとつのアイデアが浮かびました。「そうだ、コマがビー玉だからすぐに崩れてしまうんだ。コマの形を球ではなく、円盤状にしてしまったらどうだろう?」
コマの形を円盤型にしただけでは、うまくピラミッド状に積み重なってくれません。この問題を解決するためには、円盤の下に丸い凸を付けて、4つ並んだコマの上に凸がぴったりはまるようにすればいい、すぐにそのことにも気づきました。
問題は素材をどうするかです。球であれば安くて色もきれいなビー玉が簡単に手に入りますが、ゲームのコマになりそうな円盤型のモノというのはあまり身の周りに見当たりません。ポーカーチップなどはちょっと良さそうですが、大きめの質のいいものはそれなりに値が張ります。7路盤のラプラス(当時はまだアッパーハンドと呼んでいました)では、コマが140個も必要ですから、商品化するにはある程度安価なものでなければ現実的ではありません。
ホームセンターに行けば、アクリルや木材から切り出した小さな円盤が売っていますが、高価でとてもゲームのコマに使えるようなものではありません。結局、商品化の構想は素材選びで躓いてしまい、その後長いあいだ幻の企画として忘れ去られていました。ところが、昨年(2017年)偶然にも、岐阜県多治見市産の「モザイクタイル」という素材と出会い、幻の企画が再び動き始めたのです。

写真の左側は、モザイクタイルの1シートです。タイルはこのように表面に紙を貼り、10×11=110個が1シートになって売られています。もともとタイルは壁面などの装飾に使われる建築資材ですから、販売もシート単位です。ばらせば1個当たりの単価は比較的安いものになります。重さや大きさもゲームのコマにぴったりです。
さらにコマの下部に付ける凸の部分ですが、これもいろいろな材料で試した結果、手芸用のボタンをひとつずつ接着剤で貼り付けることに決定しました。(とにかくこれが手間のかかる作業で、量産化する場合の課題です。)こうして完成したコマが中央の写真です。(2025年現在では手芸用のボタンではなく専用のプラスチックチップを使っています。)
最後に肝心のゲーム盤ですが、これもいろいろな素材で試した結果、加工のしやすいMDFボードに手作業で(と言っても電気ドリルを使ってですが)ひとつずつ穴を開けていく方法を採用しました。これでとりあえず量産とまではいかなくても、ゲームマーケットに向けた商品化という点では方針が立ったのです。(現在では多治見市内の山本木工所さんでより質の高いボードを作ってもらっています。)
ここまでお読みいただいた方には、今回販売する「ラプラス」が、いかに手のかかるハンドメイド商品かということについてご理解いただけたものと思います。近年ゲームマーケットに出品される商品は、まるで大手メーカーの製品であるかのように完成度の高いものがほとんどですが、そのなかに手作り感満載の「ラプラス」を並べると、若干の気恥ずかしさを感じないでもありません。
しかし、印刷加工が中心のカードゲームやボードゲームと比べて、立体的なコマを使ったアブストラクトボードゲームは、ゲームマーケットのなかでも未開拓の分野だと思います。今回の試みが、ゲームマーケットの新しい潮流を生み出すきっかけになってくれたら、私たちの努力も報われようというものです。
最後に「ラプラス」というゲーム名の由来を説明させてください。「ラプラス」は、もちろん「ラプラスの悪魔」から取っているのですが、これは「この世の全ての原子の動きを把握している全知全能の神(悪魔)の目から見れば、将来この世界で起こることは全てお見通しのはずである」という思想を表したものだそうです。19世紀フランスの物理学者、ピエール=シモン・ラプラスによって提唱されたので、「ラプラスの悪魔」と言い習わされることになりました。
現代の量子力学の不確定性理論で、こうした物理学的決定論は否定されてしまったようですが、そのあたりの難しい議論はともかく、「ラプラス」という語には原子が離合集散して未来を創っていくというイメージがあるような気がしています。「ラプラス」のコマのひとつひとつがこの世界を構成する原子だとすれば、最初の一手を打ったところで万能の神にはゲームのその後の展開が全て見えているみたいな。たぶんそこでは進化した「AI」が現代の神(悪魔)ということになるのでしょう。
大人の事情でゲーム名が変わりました
(以下の文章は2019年春のゲームマーケット向けに書かれた記事を転載したものです。ところでゲームマーケットの過去記事は、悪意のハッカーによってすべての写真や挿し絵が削除されるという事件があり、それはいまだに復元していません。日本のボードゲーム史の貴重な資料にもなりうるアーカイブだと思うのですが、惜しいことです。)
昨年の春と秋に続いて3回目の出展となります。いろいろと大人の事情がありまして(?)、今回からゲームの名前が変更となりました。前回までの「ラプラス」を改め、「モザイク」というゲーム名になります。
実は、商標申請をしていた「ラプラス」というゲーム名が、昨年(2018年)の12月に特許庁に却下されるというアクシデントがありました。それで急遽ゲームの名前を「モザイク」に変更したのです。コマにモザイクタイルを使用した「モザイク」、ということで以後お見知りおきをお願いします。
商標申請が却下された理由について、今後ゲームの商品化を考えている方の参考になるかもしれないので、少し説明しておきますね。「ラプラス」という商標の登録申請を特許庁に出したのが昨年の3月初め。いまは特許庁も忙しいらしく、審査に9か月もかかりました。で、結果は申請却下。その理由は、私が「ラプラス」を申請した3週間くらい前に、中国深圳の企業が日本の特許庁に「ラプラス」を申請していたのです。
商標は商品の種類ごとに45の区分があって、同じ商標でも区分が違えば競合しません。「ラプラス」というお菓子があっても、ボードゲーム「ラプラス」はOKということです。私が申請したのは、おもちゃ類の「ラプラス」(Laplace)でしたが、その同じおもちゃ類に中国の企業が「ラプラス」(Lapulas)を申請していたのです。商標申請は、先願主義といって1日でも先に申請した者が勝つルールですから、却下されたのも仕方ありません。英字のスペルが違うと言っても、日本の商標登録は読みの音(称呼)が同じなら同一商標と見なされるので、異議を唱えても無駄ということでした。
振り返ってみれば、私が商標申請をする前から、仲間うちではラプラスが評判になっていて、SNSにもアップされていました。確たる証拠はありませんが、それを見た中国の企業に狙い撃ちされたのだと思います。そうでなければ、いまごろは日本で「ラプラス」という中国製ゲーム(おもちゃ)が販売されているはずですから。特許申請の専門家に聞いたところ、いま中国は国が補助金を出して国内外の商標や特許を買い漁っているのだそうです。(そう言えば中国国内では「くまモン」も改名を余儀なくされましたし、「令和」を使った商標も数多く申請されているそうです。)
教訓です。もしもあなたがオリジナルゲームの商品化を考えているなら、SNSにアップする前に商標の出願をしておくことをおすすめします。国内の商標出願なら1万2千円くらいの費用でできます。商標が認可されて、本登録になればさらに登録料がかかりますが、いまは出願から認可まで1年近くかかりますから、その間に商品化の手応えが得られなければ、本登録を見合わせればいいのです。
この教訓を活かして、「モザイク」はインターネットに情報が出る前に商標申請を済ませました。おかげさまでこのゲームは、岐阜県多治見市のビジネスコンテストでグランプリをいただく光栄に浴し、今は本格的な商品化に向けて体制を整えているところです。ゲームマーケット2019春では、その新しくなった「モザイク」を皆さまにお届けします。

謝辞
以下、2025年の追記になります。本記事をお読みになれば分かるとおり「モザイク」はモザイクゲームズの完全なオリジナル商品ではなく、イスラエルのOrda Industries社から1980年代に発売されていたUpper Handが元になっています。コマの形状を変更し、5路盤が7路盤になったとは言え、ゲームのルールはオリジナルのUpper Handを踏襲しています。(拡張版の4人用ゲームである「モザイク・クオ」についてはモザイクゲームズのオリジナルルールです。^^)一般的にボードゲームのルールには知的財産権が認められないとは言え、これが先行するUpper Handのリメイクであることはここに明記しておこうと思います。と同時に、このような素晴らしいゲームのルールを発明した作者の方(BoardgameGeekによればMargalith Akavyaという人のようです)には満腔のリスペクトと感謝を表明いたします。(できればいつかご連絡を差し上げたいと思っているのですが…)